妄想劇場・流れ雲のブログ

趣味の、自己満ブログです。人生は、振り返ることは出来ても、後戻りは出来ない…掲載内容に問題がある場合は、お手数ですが ご連絡下さい。 迅速に対応させていただきます。

妄想劇場・THE ライフ













(略・・・)  
遺書には「仕事ができない、全くできない、
なんでかわかりません、ごめんなさい」と20回近く。


そして「***(家族の名前)、ごめんなさい、かんにん」  


なんで一生懸命働いたお父さんがごめんなさいと
いわなければならないのか? 


ごめんなさいというのなら何で私たちの元へ帰って来て
くれなかったのか?  


亡くなってから勉強しても何もならないのですよ。
それから私は自殺という文字を見れば新聞を切り抜き、
テレビのビデオを撮り、本を読み、うつ病の講演を聞きに
行ったり、


夫の業務日誌と私の日記を照らし合わせてどのあたりから
苦しんでいたのか等、調べるうちに、お父さんは悪い
事してない、身勝手に死んだんじゃないと思うようになり、
周りに本当のことを言えるようになりました。  


最初はご近所には、心筋梗塞と伝えていました。
そして葬儀も身内と会社の人だけで行いました。


私の中にも自殺に対する偏見があり、夫の名誉も
傷つけると考えたからです。  


でも『親父は何か悪いことしたんか』と息子に言われ、
娘には「お母さん、何で嘘つくの、嘘をついたらその
上塗りをしないといけなくなってもっと苦しくなるよ」
と言われました。  


まだまだ自殺はタブー視されています、私もなんで自ら
命を絶つのだろう、死ぬ気ならなんでもできるやないの
と考えていましたから。  


確固たる信念を持って死ぬ人はいるのでしょうか? 


さまざまな原因で追い詰められ、もう死ぬしかない、
逃げる方法が考えられず、そのときは正常な判断ができ
なくなり死に至るのではないかと私は思います。  


病気、事故、事件で大切な人を亡くし残された者の痛みや
自責の念は一緒だと思います。  


ただ自殺は責める相手がありません、
責めるのは自分なんです。(略・・・)  


思い起こせば1年前ぐらいから夫は私の知り合いにもいつも
は愛想よかったのに、顔をそむける事が多かったり、


どこか一緒に行っても先に帰ってしまったり、魚が好き
だったのに焼き魚の匂いがだめだといった事とかなんで
気が付かなかったのか後悔ばかりです。(略・・・)  


まだまだ自殺は個人の問題、「勝手に死にたい人を止めよう
がない」と言われています。 


でも、人が人として、人ごととせず、悩んでいる人のサインに
気づき、いろんな人が、いろんな場面で関わることができれば、
生き心地のいい社会になっていくのではないかと考えています。
(略・・・)   「自殺で家族を亡くして~


author:「私たち遺族の物語」 南部節子 (三省堂)」より











恋愛リアリティーショーなどの影響で、ひとつ屋根の下で
共同生活を送る「シェアハウス」に憧れを持つ人も多い
かもしれない。


しかし実際は、キラキラした若者たちだけの世界ではない。
東京都内の月2万5000円のシェアハウスに住む70代の男性
・田中さん(仮名)。


じつは、少し前まではホームレス同然のネットカフェ難民
だったというのだ。



「現在は朝4時に起きて他の住人を起こさないようにコロコロ
をかけて掃除します。5時にトーストを食べながらコーヒーを
飲んでゆっくりし、その後ベッドで8時ぐらいまではゴロゴロ
していますね」  現在の収入は年金のみという田中さん。
歯医者にしばらく行っていないのだろうか、前歯が何本も
欠けている。  


東北出身で高校を出ると地元の有名な家具店に就職し、
普通の暮らしをしていた。ある時など、水商売の女性と恋仲
になって結婚まで考えていたそうだが、家族に猛反対された
過去もある。


ほかにも同棲した人は数人いたが、これまで結婚すること
はなかった。  


田中さんは約5年前まで神奈川県内で建築業の仕事を
していた。


ある日、携帯電話に見慣れないメールが送られてきたという。
『あなたはアダルトサイトにアクセスしていて料金を支払って
いないようです。〇〇まで連絡してください。  


普通の人なら完全無視するだけだが、田中さんは慌てて
電話をしてしまう。 「実際にそのようなサイトにアクセスした
ことがあったので請求されてしまったのだ、どうしようと
思いましたよ。


それで、こっちが悪いと思って電話しました。すると相手は
『30万円を払ってくれないと訴えます』と言ってきたので、
『それは困ります』と返したのですが…


…もしも30万円あったら振り込んでいましたよ」  
架空請求やワンクリック詐欺はよくある手口だが、田中さん
のような人がいるのでなくならないのだろう。


正月に「夜逃げ」、ネットカフェ難民に


田中さんはお金が全然なかったので思案した。
まずは警察に相談すればいいものを、彼は正月に
「夜逃げ」したという。


「大家さんには申し訳なかったのですが、主な荷物は
ロッカーに入れて、安いネットカフェで寝泊まりしていました」  
いわゆる“ネットカフェ難民”というやつだ。


そこは夕方5時から朝までいれて1300円。とはいえ、
部屋は狭く、他の利用者の大きなイビキが壁越しから
聞こえてくるし、そのイビキにたいして「うるさいぞ、
この野郎!」と怒鳴っている人までいる。廊下では喧嘩が
始まることもあり、非常に不快な場所だったと振り返る。



ネットカフェで数か月過ごしていると、ある男に声をかけられた。
「ここに寝泊まりしていても仕方ないでしょ。地方にある住み
込みの現場で働かないか?」  


田中さんは地方の現場で働いていた経験があり、
住み込みで働くのも悪くないなと考えた。


「行った初日の夜にヤバいと感じましたね。そこは敷地内
にバラック小屋が4つぐらいあったのですが、まわりを壁で
囲んでいるんですよ。逃げられないためですかね。


外から建物の玄関にカギをかけられます。ドーベルマン
が2匹、庭で放し飼いされていて、それがめちゃくちゃ
怖いんですよ」  すごい現場である。


ある日、田中さんは“脱走”を決意する。  


「食堂で朝食を食べていると、人相の悪い管理人が2匹の
ドーベルマンに首輪をつけて、わざわざ散歩の前に我々に
見せるようにやって来る。


犬は吠えまくり、こっちに向かってきそうな勢いなんです。
あれは遠回しの脅しですね。


敷地内の売店で売られている飲み物や雑貨は高いし、
こんな場所ではやっていけないと思い、逃げようと決心
しました」  


犯罪ではないので、警察に駆け込むわけにもいかない。
現場は地方の僻地で庭にはドーベルマン。


「二階の窓から外をのぞくと、隣の家の壁が見えました。
そんなに距離がないので、ロープを使えばどうにか壁に
到達できそうでした。


まず、決行は深夜2時にしました。その理由は、他の人が
熟睡していて、最寄り駅まで歩いて行っても電車が走って
いる時間じゃないと意味がないじゃないですか」  


深夜2時。同部屋の人は寝ている。そっと窓を開け、ロープ
を腹と建物の柱に縛り付け、隣の敷地に私物のカバン
を投げた。


そして、なんとか隣の壁まで飛び降りて、駅に向かって
逃げたのだ。 「電車に乗れた時はほっとしましたね」


再び架空請求のメールに引っかかる  


その後、東京に戻って仕事を見つけてアパートを借りた。
だが、再び悪夢が襲う。以前と同様の架空請求のメール
が来たのだ。無視すればいいのに、また返信してしまう。  


請求額は20万円。当然、払えない。すると相手からは案の定、
「裁判する」「訴える」の言葉があり、田中さんはビビッて
しまった。


どうしようかと考えていると、翌日、部屋のチャイムが鳴る。  
じつは田中さん、住所を教えてしまっていたのだ。


のぞき穴から見ると、怖そうな風貌の男が立っていた。
相手がアパートまでやってきたのだ。


「もちろん、怖くて開けませんよ。相手はドアを叩き、
『この野郎、カネを返せ!』と脅してきました」  まるで
借金の取り立てである。


「相手は強い口調でしつこく言ってきたのですが、
顔見知りである隣の住人が心配して出てきてくれたので、
相手は気まずくなったのか帰ってくれました」  


そして、年が明けてから再び夜逃げした。  


筆者の質問——悪いことはしていないはずなのに、逃げる
必要なんてなかったじゃないですか——に対して、


田中さんがこう返す。 「20万円あったら払ってしまったと
思います。変な奴が家まで来たのが怖かったし、訴えられる
のが嫌だったんですよ」  


正直、その理由に言葉も出ないが、田中さんは今年1月、
ホームレスになってしまった。


その後、ネットカフェの前でビラを配っていたシェアハウスの
管理人に声をかけられ、現在世話になっているという。


取材後、田中さんから嬉しい連絡をもらった。
「清掃のアルバイトが見つかりました。


明日から働けるようです。体も元気なので労働してお金を
稼げるのが幸せです」 ・・・・






今の主人と出会ったのは三年前。


当時、私はバツ一、子どもが一人いました。
主人と出会って一年後、子どもの事も考え、お互いの気持ち
も固まったので「結婚」という話になったのですが、


うちの両親はともかく、主人の両親の了解を得ないと
いけません。


もちろん主人は初婚。そう簡単には許してくれないだろうと
覚悟して、挨拶にいきました。


「初めまして…」の挨拶を済ませ、出会いのいきさつや前の
夫と離婚に至った経緯などを話しました。


話していくうちにだんだん気が重たく、つらくなってきたとき、
主人の母からの一言。


「一人でよく頑張ってきたね」


それは離婚してから今まで、一人で子どもを育ててきたこと
への褒め言葉でした。


その一言を聞いた途端、涙が止まりませんでした。
まさかそんな言葉をもらえるとは思っていなかったので。


主人と結婚した今でも、お義母さんを大切に思えるのは、
やはりその一言のお陰だと思います。
……






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