妄想劇場・流れ雲のブログ

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妄想劇場・歴史への訪問











むかしむかし、平吉(へいきち)という男が、一本の掛軸
(かけじく)を手に入れました。  


この掛軸にえがかれているのは、雷のイナズマの中を
天にのぼる墨絵(すみえ)の龍(りゅう)です。


「この龍はのぼり龍と言って、天にかけのぼる勢いが
あるので、とても縁起(えんぎ)の良い絵とされている。
持っていると、きっと良い事があるに違いない」  


平吉はとても喜ぶと、この掛軸を床の間にかけて、
野菜や米と、毎朝くみたて水をさかずきに入れて、
「どうか、良い事がありますように」 と、おまいりしました。  


ある朝の事、いつもの様にさかずきの水を取り替えようとすると、
水がすっかりなくなっているのに気がつきました。


「はて、誰かがこぼしたのかな?」  
初めのうちはあまり気にしませんでしたが、次の日も、
その次の日も、さかずきの水がなくなっているのです。


「まさか、龍神(りゅうじん)さまが水を飲むはずは。  
でも、もしそうなら、このさかずきでは小さすぎるな。  
よし、もう少し大きい茶わんにかえてやるとするか」  


平吉は冗談(じょうだん)のつもりで、一回り大きな
茶わんに水を入れる事にしたのです。  


そして次の朝、平吉が茶わんを見ると、水は確かに
なくなっていたのです。平吉が家の者たちに聞いても、
誰も知らないといいます。


「龍神さまが飲んだとすれば、この龍は生きていることになる。  
・・・まさかな。  きっと、ネズミかネコが飲んだにちがいない。  
・・・でも、もしもと言うことがあるな」  


その日の夜、平吉は寝ないで掛軸を見張っていたのですが、
次の朝、いつの間にか水がなくなっていたのです。


「しまった、いつの間に! ・・・よし、見ていろ!」  
それから平吉は毎晩掛軸を見張りましたが、いつも
気がつくと水がなくなっているのです。  


さて、ある夜の事です。


平吉が今日も頑張っていると、うす暗いあんどんの光りを
受けて、龍神さまが長い舌で水をなめている姿がボンヤリ
と見えたのです。


「うひゃー! 龍神さまが!」  平吉はビックリして、
その日から寝込んでしまいました。  


それで心配した家の人は、平吉に内緒でこの掛軸を
別の人にゆずってしまったのです。  


この掛軸をゆずり受けたのは、利平次(りへいじ)という男です。  
利平次はこの掛軸を神棚のわきに下げると、うれしそうに
毎日ながめていました。  


その頃、村は日照り続きで困っていました。  
ある日、龍神さまは雨ごいの神であると聞いた利平次は、
誰にも見られないようにして、 「どうぞ、雨を降らせてください。


せめて、おらの田畑だけでも」 と、自分勝手な願い事を言って、
お神酒(おみき→神前にささげるお酒)をあげて祈りました。  


するとその日の夕方、空はにわかに暗くなり、激しい雨と
カミナリがおこったのです。  


昼寝から目を覚ました利平次は、滝の様なすさまじい雨と
カミナリのあまりのすごさのに気を失ってしまい、そのまま
寝込んでしまったのです。  


この話は、村中に広まり、 「あの掛軸を一人で持つと、
とんでもねえ事になるだ」 「それなら、神社におさめよう」 と、
村人はこの掛軸を村の神社におさめる事にしたのです。  


すると寝込んでいた二人の病人も、日に日に良くなって
いったという事です。


・・・おしまい



鬼が餅つきゃ、閻魔が捏ねる、そばで 地蔵が食べたがる









昔、沢山の馬にうりを背負わせて、大和の国から京へ上る
男たちがいました。


ちょうど七月の大変な暑いころだったので、男たちは木陰に
馬を止め、うりを入れたかごを下ろして休んでいました。


そして、自分たちが食べる為に持ってきたうりがあったので、
それを取り出して食べていました。


その近くで、大変年とった一人の老人がつえをついて、
みんながうりを食べるのをじっと見ていました。


しばらくすると、老人は「済みませんが、そのうりを一つ
くださいませんか。のどが渇いて仕方がないのです。」と
男たちに頼みました。


しかし、男たちは「このうりはわたしたちの物ではありません。
京へ持っていくように主人から命じられた物です。だから、
あげたいけれども、あげるわけにはいきませんよ。」
と断りました。


老人は「何という人たちだろう。年寄りにうり一つくれないとは。
それでは、わたしはうりを作って食べることにしよう。」
とつぶやきました。


そして、老人は近くにあった木の枝を拾って地面を掘り、
男たちのはき捨てたうりの種を集めて、そこにまきました。


すると、その種からすぐに芽が出てきました。
男たちがびっくりしているうちに、その芽はどんどん伸びて
緑の葉が出てきました。


芽はまたどんどん茂って花が咲き、うりが沢山なりました。
うりはどんどん大きくなり、大変おいしそうに塾しました。
老人はこのうりを採って食べ、男たちにも分けてやりました。


それから、道を通る人たちをみんな呼び止めて食べ
させました。とてもおいしいうりだったので、みんな喜んで
沢山食べました。


そして、老人のうりが全部無くなると、老人は「さあ、それでは
出掛けましょう。」と言って、どこかへ行ってしまいました。


それからしばらくして、男たちも「さあ、出発しよう。」と
言って立ち上がりました。そして、馬にかごを背負わせよう
として見ると、かごの中に入れてあったうりは一つも
見当たりませんでした。……。






浄土真宗の七高僧のお一人である源信僧都
(幼名ー千菊丸)の幼少の頃のお話です。


千菊丸が生家の近くで遊んでいたところ、一人の旅僧が
小川で手を洗っていました。


その川は殊のほか濁っており、それを見かねた千菊丸は、
「お坊さま、手を洗われるのでしたら、あちらの川の方が
きれいですよ」と声をかけたのです。


するとその旅僧は、千菊丸に礼を述べた後、「浄穢不二」
と答えたのです。


つまり、きれいも汚いも悟ってみれば一つである。
濁っておるとか澄んでおるとか言うのは
迷うている者の言うことだというのです。


旅僧のこの言葉に、千菊丸は、「浄穢不二なら、お坊さま、
どうして手を洗われるのですか?」と問い返したのです。


これには当の旅僧、一言も答えることが出来なかった
そうです。なぜ、返答できなかったのか、?


もうお分かりのことと思います。
もし、旅僧にきれい汚いのとらわれの心
(迷いの心)がなければ、すなわち浄穢不二だと悟って
いれば、手を洗ったりはしないはずです。


手を洗うということは、その旅僧にきれい汚いのとらわれ
の心(迷いの心)が未だ残っているということです。


旅僧は「浄穢不二」の意味は知っていたのですが、
その使用方法までは知らなかったようです。


仏教用語ー浄穢不二、色即是空、煩悩即菩提、は
確かに奥深い論理ですが、それらは我が身を通して
実践されて初めて価値があるのです。


頭で分かることと、それを実行することは全く違います。
ですから、この旅僧のように、「浄穢不二じゃ」と、
悟ったような顔をして、手を洗うのです。


「浄穢不二」の言葉をもて遊んで、濁れた水で手を洗う
ような過ちを犯すより、きれいな水で手を洗う方が、
よっぽど自然なことです。


また、それが凡夫の日暮らしというものです。


*七高僧とは、お釈迦さまから親鸞聖人に至るまで、
浄土教を伝承された方々の総称で、親鸞聖人は
次の七人の高僧方を制定しています。


1・龍樹(インド)
2・天親(インド)
3・曇鸞(中国)
4・道綽(中国)
5・善導(中国)
6・源信(日本)
7・源空(日本)


……。





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