妄想劇場・流れ雲のブログ

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韓信 [シリーズ] 砂漠を行き、草原を駈ける・西域を立ち去る












紀元前104年、長安の遊民であった李広利は突如大宛攻略
の命を皇帝から受けた。大宛とは西域の果てにある
未知の国。そこに たどり着くまでには天まで届く山脈、
さまよえる湖、広大な砂漠、果てしない草原……


さまざまな障害が彼の前に立ちふさがる。そこに生きる
人々との出会いは 希望に満ちたものか、それとも幻滅か
  ・・・


韓信 [シリーズ]
砂漠を行き、草原を駈ける ・西域を立ち去る



欣怡はその日、朝から鳴沙山の頂きに立っていたが、
夕刻近くになって地平線の先に黒い点が映ることに
気づいた。それが人影だとは限らず、鳥や獣の影かも
しれない。


また仮に人だとしても、それが自分の待っている人物だとは
限らなかった。ただ、その影は一人のものではなく、次第に
それが複数のものであることが明らかとなった。


そしてそれが馬に乗る人たちの姿だとわかり、やがては
鎧兜に身を固めた者たちの姿だとわかった。軍隊だわ……。


そう確信したのち、先頭に立つ人物が李広利だとわかる
までさらに時間を要した。


というのも、李広利は風体にその面影を残していたが、
別人と思えるほど痩せ細っていたからである。


だが欣怡は確信した以上、余計なことを考えず砂山を
走り降りた。


足で砂を踏みしめる度に異様な音がこだましたが、
彼女はまったく意に介しなかった。


「将軍さま!」
李広利の側には、まだ欣怡の声は届かなかった。
しかし彼女が走ることによって生じる砂の音は聞こえる。


「なんの音だ」本来であれば砂漠の静寂が広がる地帯
である。林には鳥が生息し、草原には虫が多いものである。
一方それらが奏でる鳴き声や羽音が一切ないのが、
砂漠であった。


自分たちの放つ呼吸の音以外に聞こえるものは何もない
……彼らはそのような地を踏破してきたはずだった。


「誰か、放屁でもしたか」一団に笑いが起きた。
それは確かに屁のような音に聞こえたのである。


しかし音は連続してこだましており、それを屁だとするには
明らかに不自然であった。


「将軍、あれを」後方に控えていた兵が指さした先に、
駆け寄ってくる人影が見えた。それを認めた兵たちは
一斉に武器をとり、迎撃しようと身を固めた。


「一人であるはずがない! 
砂山の後ろに敵が控えているかもしれぬ。備えよ!」


李広利は号令したが、やがてそれは女の姿であることが
わかった。そして耳を澄ませば、その女が放つ声がかすか
に聞こえる。


「将軍さま!」
もしや、欣怡では……?
次第に距離が縮まり、その姿がはっきりと確認できるよう
になった。


それは明らかに自分を歓迎しようと駆け寄る欣怡の姿
だったのである。


李広利は激しく後悔した。彼は砂漠のただ中で自分を
待ち続けてくれた女性を、剣を抜いた状態で出迎えて
しまったのである。


「玉門関を通過したというのに……
いや、外敵がいなくても山賊の類いはいるかもしれぬから、
やはり警戒はしなければならない。これでいいのだ」


自分を納得させようと声に出して言った李広利だったが、
欣怡を前にしてやや決まりの悪そうな表情をした。


「将軍さま、よくご無事で……」
「欣怡。長いこと待たせてしまった。
すっかり……日に焼けたな」欣怡は笑顔で彼を迎えた。


それを機に軍は行進を止め、休息することとなったが、
李広利はそこで驚愕の事実を知ることとなったのである。


「将軍さまはずいぶんお痩せになりましたね。
それと……軍の方々の人数が出発の際と比べてずいぶん
と少なくなったように見受けられます。
お気に障ったらすみません」


欣怡の感想は、率直ではあるが的を射たものであった。
このとき、李広利が引き連れていた兵は、千名に満た
なかった。


結局彼は、李淑を粛正したことで安定した拠点を失い、
まともに冬を越すことができなかったのである。


軍は飢えと寒さに苦しみ、彼自身も痩せこけた姿で
帰還することとなったのだった。「生き残ったこと
だけでも、奇跡だ」


李広利は自身の置かれた状況を、そのようなひとことで
説明した。その表情に表れた苦々しさが、行軍の苦労を
物語っていた。


「このような結果になったことは残念だが、私なりに
次回の作戦に向けて布石は打ってある。急ぎ長安に
赴いて皇帝陛下に復命せねばならぬ」


李広利の発言はごく自然なものだったが、意外なことに
欣怡はこれを否定しようとした。


彼女は、李広利を引き留めようとしたのである。
「長い行軍でお疲れになっているというのに、無理を
して長安までの道を急ぐ必要はございません。


まずは敦煌で体力を回復なさって……
陛下へのご報告は使者を遣わしましょう。
お父様に頼めば、その程度のことは簡単なことです」


「気持ちはありがたいが、私にも責任がある。
直接陛下に面会して、事情を説明したいのだ」


「それは……無理でございましょう。
無理だと思われます」


「無理だって? 不可能だというのか。なぜだ」
「長安の宮殿は、いま喪中にあります。


ある高貴な方が亡くなったことで陛下はお嘆きになり、
直接お会いになることは難しいとのことです」


「誰だ? 誰が亡くなったのか?」欣怡は言葉を選んだ
ようであり、やや言い淀んだ。しかし結局は伝えねば
ならぬことである。


このとき彼女は遠回しな言い方を避け、あえて端的な
言葉を選んだ。


「お亡くなりになったのは李夫人さまです。
将軍さまの妹君でいらっしゃいます」


「…………!」李広利は声も出なかった。
「死んだ……? 妹が?」


李広利は数刻に渡る沈黙のあと、ようやくその一言
を発した。彼にとっては寝耳に水のことであり、
その死に目にも会えなかったという思いは、これまでの
彼自身の労苦を一瞬にして忘れさせるほどの衝撃があった。


……











その大地は、常に激しいブリザードに襲われる。


雪とも氷ともわからない冷たく白い風が、激しく吹き
荒れる。 もちろん、太陽など見えない真っ白な世界だ。


ホワイトアウトと呼ばれる白い闇に覆われた大地は、
数メートル先の視界さえ妨げられる。方向はおろか、
どこが地面でどこが空かさえわからない、白一色の
世界だ。


気温はマイナス60℃、風速は秒速60メートルを超える
ことさえある。 それが南極の冬である。


しかし、こんな猛吹雪の中でも、生命は息づいている。
真っ白な世界の中で、かすかに黒いかたまりが見える。
オスのコウテイペンギンたちの群れである。


コウテイペンギンの子育ては壮絶である。


南極という過酷な環境で生きることを選んだ鳥である
コウテイペンギンにとって、その子育てもまた
過酷なのだ。


この環境で生き抜くための知恵が、「父親の子育て」
である。コウテイペンギンは、厳しい冬の寒さの中で
オスが卵を抱いてヒナを孵(かえ)すのである。


3月から4月頃になると、1万羽ものコウテイペンギンの
群れが繁殖のために海から離れた場所に移動を開始する。


海の近くにはシャチやヒョウアザラシなどの危険な
肉食獣がいる。内陸のほうが安全なのだ。


南極は南半球にあるので、3月はこれから冬に向かう
季節である。 とはいえ、海から内陸までの距離は
50~100キロメートルほどにもなる。


よちよち歩きのペンギンたちにしてみれば、相当な
長旅だ。 海から内陸へ移動すると、コウテイペンギン
たちは求愛を行う。


オスとメスはラブソングを歌うかのように鳴き合ったり、
向かい合っておじぎをしたりする。こうした愛の儀式
を経て、お互いに一夫一妻のパートナーを見つける。


こうしてペンギンの夫婦は5月から6月頃に、愛の結晶
として大きな卵を1つだけ授かるのである。


オスはその卵をメスから受け取って自分の足の上に
移動させる。 凍(い)てつく地面の上に少しでも卵が
触れれば、瞬く間に凍(こお)りついてしまう。


そのため、地面に落とすことのないように足の上で
抱きかかえると、オスだけにある抱卵嚢(ほうらんのう)
というだぶついた腹の皮をかぶせて抱卵する。


ただ実際には、卵をメスからオスへと渡すときに、
わずかなミスで卵が死んでしまうこともあるというから、
切ない。


これから、長い長い子育てが行われる。


ペンギンのエサは海の中の魚である。海を離れた内陸に
ペンギンたちの食べるものはないから、内陸へ移動を
始めてからの2カ月間、ペンギンたちは新たなエサは何も
口にしていない。


そのため、産卵を終えたメスたちは、体力を回復させる
ために、エサを求めて海へと戻っていく。


メスが戻ってくる間、オスは卵を温めて待つ もちろん、
オスのペンギンも何も食べていないのは同じである。
それでも、メスが戻ってくる間、オスはじっと足の上で
卵を温めるのだ。


季節は冬である。南極では極夜(きょくや)を迎え、
太陽の当たる時間はほとんどない。1日中、闇夜が続く。
気温はマイナス60℃。それに加えてブリザードが容赦
なく吹きつける。


そんな中をオスたちはじっと卵を守り続けるのである。


しかし不思議である。一般的に鳥は春に卵を産み、
エサの多い夏の間に子育てをする。それなのに、
どうしてコウテイペンギンは、これから厳しい冬に向か
おうとする季節に卵を産むのだろうか。


南極の夏は短い。


12月から1月の2カ月間が南極にとっては夏と呼べる
季節である。


もし、暖かくなってから卵を産んで温めていたのでは、
卵から孵化した子どもたちが大きくなる前に夏が終わり、
子どもたちは厳しい冬を過ごさなければならなく
なってしまう。


冬になるまでに子どもたちを成長させようとすれば、
冬の間に卵を産み、できるだけ早くヒナを孵す必要が
あるのである。


吹き荒れるブリザードの中を、オスたちは群れ集まって
身を寄せ合う。この行為はハドルと呼ばれている。
オスたちは力を合わせて厳しい南極の冬を乗り越えよう
とするのである。


しかし、厳しいブリザードの中で、命を落としてしまう
オスもいるという。過酷な子育てなのだ。


コウテイペンギンのオスはこうして、2カ月間も卵を温め
続ける。海を離れたのは、その2カ月前だから、オスたちは
4カ月もの間、極寒の中で絶食を続けていることになる。


コウテイペンギンは、ペンギンの中ではもっとも大きく、
体重は40キログラムにもなる。ところが、断食が続いた
結果、この季節になると、オスの体重は半分ほどにまで
減ってしまうという。


やがて季節は8月となる。


南極の8月は冬の真っただ中だ。 長い旅を終えたメス
たちが、ヒナに与える魚を胃の中にたっぷりと蓄えて、
ようやく海から戻ってくる。


ペンギンの胃にはそのような仕組みが備わっているの
である。魚をたっぷりと蓄えたメスのお腹はパンパンだ。
まさにオスたちにとっては待ちわびた瞬間だ。


そして、ちょうどこの頃、長い抱卵のかいがあって、
ヒナたちが卵から生まれ出てくる。


しかし、オスはヒナが生まれた後も、しばらくの間は
足の上でヒナを守り続ける。 もし、メスが戻ってくる
前にヒナが生まれてしまうと、ヒナたちは食べる
ものがない。


そのため、オスは食道から乳状の栄養物を吐き出し、
エサとしてヒナに与える。これはペンギンミルクと
呼ばれている。


飢えた体に蓄えられたわずかな栄養をヒナに与える
のである。 メスが戻ってくると、オスとメスとが
互いに鳴き合ってパートナーを探す。


不思議なことに、1万羽ものペンギンの群れの中で、
声だけでパートナーを探し合うことができるという。
なんという絆(きずな)で結びついた夫婦なのだろう。


しかし、必ずパートナーに会えるとは限らない。
メスが戻ってきても、オスが死んでしまっていること
もある。 オスが待ちわびても、旅の途中で行き倒れた
メスが戻ってこないこともある。


もし、メスが戻ってこなければ、オスとヒナは、飢えて
死ぬしかない。 生きてオスとメスとが出会えることは、
本当に幸運なことなのだ。


こうして無事にメスが戻ってくると、オスはメスにヒナ
を預け、メスは足の上でヒナを育てる。


そして今度は、オスがエサを獲りに海に向かうのである。
しかし、もう4カ月もの間、何も食べていない。ブリザード
の中で卵を抱き続けたオスの体力は、もうほとんど
残っていない。


海までの距離は50~100キロメートルほどにもなる。
もちろん、旅の途中にもブリザードは吹き荒れる。


弱ったペンギンを狙って、海にはアザラシやシャチ
などの天敵も待ち構えている。


歩き続け、海に着く以外に生きる道はない 何もない
真っ白な大地を、ペンギンのオスたちは歩き
続けるのだ。


飢えと寒さが容赦なく襲いかかる。


オスたちは、もう限界に近い。1羽、また1羽と歩き
疲れて命が尽きてしまうオスもいる。


それでも他のオスは歩き続ける。海にたどりつくより
ほかに、生きる道はないのだ。


こうしてオスが魚を獲って群れに戻ると、今度はメス
がエサを獲りに戻る。


夏の季節である12月頃になると子育ては終わりを告げる。
そして、ヒナが独り立ちをすると、ペンギンの群れは
エサの豊富な海へと移動し、3~4月頃になると、繁殖
のためにまた内陸に向かうのである。


コウテイペンギンは5歳くらいで性的に成熟し、寿命は
15~20年であるとされている。


この間、彼らは命が続く限り毎年繁殖行動をし、過酷な
子育てを繰り返すのだ。


コウテイペンギンの子育ては壮絶である。そして、
常に死と隣り合わせである。


たくさんの死の中で、新たな生が育まれる。 南極
という過酷な環境で、コウテイペンギンたちはこうして
命をつないできたのだ。 ・・・・






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